中川放水路を歩く

荒川放水路の壮大さに感激して地図を見ていると、もう一つの開削された水路「中川放水路(現在の新中川)」があることに気づきました。f:id:kaccinster:20250224220024j:image もともと中川は、江戸時代以前には古利根川を上流とし、複数の川と合流しながら江戸川に流れていました。しかし、洪水が頻発していたため、8代将軍・徳川吉宗が1725年から14年かけて池や沼を利用し、一つの流れを作りました。その結果、中川は「九十九曲り」と呼ばれる屈曲の多い川になりました。しかし、明治時代に入っても水害が続き、1907年の大洪水を受けて、1911年に荒川放水路の工事とともに中川の改修が始まりました。20年の歳月をかけて1930年に一部が完成しましたが、1938年の浸水被害を機にさらなる改修が計画されました。しかし、戦争の影響で1945年に中断。1947年のカスリーン台風による浸水被害を受け、1949年に改修工事が再開されました。工事は大規模なもので、江戸川区では多くの家屋の立ち退きが発生しました。そして、1963年に中川放水路が完成し、1965年に「新中川」と改称され、一級河川に指定されました。以上が事前学習です。この中川遠歩く為に京成高砂駅から近い伊勢屋餅菓子店でランチを仕入れました。f:id:kaccinster:20250224220142j:image
f:id:kaccinster:20250224220154j:image
f:id:kaccinster:20250224220148j:image
f:id:kaccinster:20250224220136j:image この、お店は餅菓子店となっていますが、地元では有名なお弁当屋さんで盛り良し、味良し、安いと3拍子揃ったお店で客が途切れる事が有りませんでした。前置きが長くなりましたが、この8キロの水路を作る為には、工事関係者のみならず多くの住民の協力があったと思います。その協力を風化させない為の公園が中川と新中川の分岐点にある事を地図で見つけ行って来ました。f:id:kaccinster:20250224220308j:image そこは、公園で「新中川通水記念公園」と名付けられていていました。立派な見上げる様なモニュメントで石碑の裏面には歴史が詳細に綴られていました。f:id:kaccinster:20250224220351j:image f:id:kaccinster:20250224220813j:image
この公園の後は堤体の上部が気持ちの良いサイクリングロード、遊歩道となっているので小岩まで歩く事にしました。この放水路全長8kmですが、都市交通を妨げない為に実に20以上の橋がかけられているので400m弱毎に橋があるのでそのいくつかを見るのも大きな楽しみでした。f:id:kaccinster:20250224220601j:image
f:id:kaccinster:20250224220608j:image
f:id:kaccinster:20250224220928j:image
f:id:kaccinster:20250224220614j:image
f:id:kaccinster:20250224220627j:image
f:id:kaccinster:20250224220936j:image 高砂から歩き始めて奥戸橋から小岩まで出たのですが、天気も良く気持ちが良いので違うルートで、f:id:kaccinster:20250224222133j:image また京成高砂駅まで歩きました。気持ちの良い三連休最終日でした。