メローニ首相来日に際して行われた栄誉礼の様子を、私はYouTubeで観た。正直に言えば、胸に迫るものがあった。
ところが不思議なことに、オールドメディアでの扱いは驚くほど軽い。首脳往来として事実関係は伝えるものの、その意味合いや象徴性に踏み込む論調はほとんど見当たらなかった。しかし私には、これは単なる儀礼以上の、ある種のパラダイムシフトの兆しのように感じられた。
栄誉礼の主目的は、言うまでもなく「敬意を表すること」にある。あらためて調べてみると、受礼者の到着および離去の際、儀仗隊が捧げ銃による敬礼を行い、軍楽隊が国家を奏することで「敵意がない」ことを明確に示す儀式であるという。
その一連の動作を、今回、自衛隊の儀仗隊は実に見事に遂行していた。そして、それに応えるかたちでメローニ首相は高市首相とともに儀仗隊を巡閲する。
両国首脳が握手を交わす瞬間、流れてきたのは「ふじの山」のメロディだった。あの旋律が、思いのほか強く涙腺を刺激した。国際儀礼の場で流れる、日本人なら誰もが知るあの曲。
私は思わず、「ジョルジャとサナエの関係に幸あれ」と、個人的な感慨を抱いていた。
考えてみれば、我が国は戦後、国家として本来不可欠とも言える交戦権を放棄し、「自衛のみ」という国際的にもかなり特異な立場を取り続けてきた。
軍隊は「無い」とされながら、自衛隊は「有る」。そしてさらに不思議なことに、軍隊と同等の所作と役割を担う特別儀仗隊まで存在している。
このねじれた現実を、私たちは長らく当たり前のものとして受け入れてきた。しかし、今回の栄誉礼を目の当たりにして、その「当たり前」が静かに揺らぎ始めているのではないか、そんな感覚を覚えた。
それは声高に語られる変化ではない。だが確かに、映像の中には、これまでとは違う日本の立ち位置が、静かに映し出されていたように思う。