9月に鰭ヶ崎村 東福寺 - Kaccinのひとり言 に行った際に、この坂について考察しました。推察として、この坂はおどろおどろしい名前がついて居るが、古いものでは無く昭和30年代に東福寺と墓地が一体となった境内で台地を成していたものを、県道を通す為、台地の真ん中をくり抜いて墓地側、東福寺側の双方に急坂が出来たと考えました。JR武蔵野線・南流山駅から200mぐらいの場所に有ります。
ゆっくり歩いても10分で地図の坂の場所に辿り着けます。坂の各位置での画像です。地図内の①〜③で撮りました。
①は逆Lの取り付き地点です。何とも無い住宅街の交差点です。
これを登る事数分で②の位置に来ます。ここからは左を見ると、もう墓地の入り口が遠望出来ます。
そして、現在はL字ですが実際は東福寺に直線で繋がっています。地図の赤線です。
東福寺は、この地点から直線で見えます。
坂をゆっくり登り③地点に到着です。墓地の入り口になります。

墓地の一番奥には大仏と歴代東福寺住職の墓が有りました。
墓地をひとまわり見学して大仏様に線香をあげ墓地を後にして東福寺に向かいます。歩いてみて、間違いなく台地の真ん中に出来た坂だと確信しました。こんな感じです↘︎_/墓地から東福寺の景色です。
坂を下って、東福寺では急な石段を登ります。
最後は東福寺に参拝しました。
9月に来た時は暑くて、この坂の検証が出来なかったのですが、今回じっくり歩いて納得です。それにしても死人坂はインパクトのあるネーミングですね。