先日、去年初号機の打ち上げに失敗した日本の新型の大型ロケットH3が打ち上げ再挑戦に成功小型、大型と相次ぐ失敗で危機的状況だった日本の宇宙開発はギリギリのところで踏みとどまりました。このH3は今後20年間、日本の宇宙輸送の主力となるロケットとして、JAXAと三菱重工業が共同開発しているものですが、この成功に多くの三菱マンが安堵した事でしょう。 三菱重工は戦前から日本各地に工場を持ち造船なら長崎、航空機なら名古屋、鉄道機器なら三原と多くの重工業分野をカバーして居ます。しかしながら1945年全てが灰燼に帰して復活は鍋釜や生活必需品の製作から始まりました。そんな中、津機器製作所では自転車を製作して居ました。ニュースを検索すると、こんな記事が有りました。
「東海道自転車競走 大阪-東京<時の話題>
放送年:1947年
大阪-東京間自転車競走。4月10日朝7時大阪を出発。東海道618キロを走って、3日目の12日、24時間11分12秒で東京に入り、宮田製作所本社が優勝しました。」
H3ロケットから、趣味の自転車に話が変わってしまいましたが、日本の産業史に思いを馳せると感慨深いものがあります。