銚子行き-岩牡蠣

前回雨天中止の銚子行きRevengeです。7時葛飾橋集合その後、市川まで自走、順調に走り8時2分の千葉行き乗車、千葉で乗り換え大網で再び乗り換え成東に10時前に到着しました。予定より一本早い電車に乗れたので、しめしめです。勇躍GPSを最初の目的地、山武市歴史博物館にセットし駅前を出発しました。
博物館の隣は伊藤左千夫の生家でしたが、博物館の人に松戸からですと云うと、あ〜矢切の渡しの方からいらっしゃったんですねとにこやかに対応されたので、思わず微笑んでしまいました。こちらの博物館は地元の人達が自分達の文化を大切にしていることが印象的でした。
次の目的地、伊能忠敬記念公園へ向かいました、後輪の乗り心地が何か変です、止まって見てみるとタイヤの一箇所がコブのようにふくれています。何か対策せねば、思いつつ公園で一服、水筒の水を補給していると、バァ〜ン、すわ銃声、違いました私のタイヤが破裂です。最近パンクは無縁だったので、今回はスペア持って来ていません。潔くサポートカー要請、同行の、横山さん・ゆるさんには先行してもらうことにしました。車が来る間に、地元の自転車屋さんを調べます。隣町の旭市に伊藤輪業というのがありました、電話をかけてみると、かなり年配らしき店主が出てきて、700cチュ-ブラー有りますかと問うと、物憂げな声でたぶんあるとの事、店に向かいました。行って見ると案の定古い店で、店主もかなり高齢です。多分有るから中2階になっている資材置き場に梯子で登ってみてほしいとの事、あがってみると埃が分厚く積もった中に’チューブラータイヤ新興護謨工業'というのが有りました。中を見てみるとチューブラーである事は間違いないので結局購入しました。このタイヤ、帰宅してから調べてみると、シンコー㈱となって、今でもタイヤを作っていました。このタイヤを考察するに20年ぐらいのものだと思いますが、今のVittoriaなどより良いように思います。 でも、この会社の歴史を見てみると、次々の製造コスト安いところに、九州->韓国->中国と工場を移しタイヤを作り続けているようです。製造コスト低減追及より市場分析しっかりやってブランド生き残りを日本の製造業としてやってもらいたいなぁと思いました。合流予定の飯岡海辺公園を行くとまさに横山さん達も到着したところでした。
早速、前もって頼んでおいた魚屋さんに向かい、目の前で牡蠣を剥いて貰いました。ゴージャス、表現が出来ないおいしさです。ポン酢、醤油、生姜醤油で一つづつ都合3個食べましたが、ポン酢がおいしかったです。でも、殻はこぶし2個分、みはこぶし大、これ3つ、大満足です。店先で派手な自転車ジャージ姿が店先で食べているのを見て、観光の車が次々寄ってきて、食べられませんかと魚屋さんに尋ねますが、魚屋さんは食べるのなら、その先の食堂に行ってくださいと断るのに大童でした。魚屋さんは牡蠣を剥いて、あっちこっちへ発送するのに忙しいこの時期は、観光客に対応する暇が無いのに、今回は無理を云ってお願いした次第ですが、やはり採れたてのおいしさは格別でした。
その後、昼食は海響へ、ここは海外のお客さん案内しても好評だったので、今回の海鮮丼も楽しみにしていました。夢の時間は終わり現実に立ち向かいます。先ほど購入したチューブラーをはめて見ます。セメントもチューブラーテープもありませんがスピード出さなければチューブラーは、はめるだけで大丈夫という事を何処かで読んだ記憶が頼りです。空気をしっかり入れて様子を見てみましたが大丈夫そうです。そのあと,断腸亭さんのアドバイスを守るべく銚子市内の水辺を目指し、
時計回りで銚子半島を回ろうと進みましたが、やはり新しい自動車道路のつくりは自転車には向いていませんでした激坂連続、思わず銚子手前の犬吠崎の看板を見つけ,反時計回りになること承知しながら県道286に飛び込み灯台にたどり着きましたが、走り終わって頂いたアドバイスが如何に大切なものだったか思い知りました。

結局、犬吠で前から乗りたかった銚子電鉄にのり、銚子に到着、輪行、千葉ー西船ー新松戸で帰宅しました。いやぁ〜銚子ー千葉の鈍行の長いこと長いこと114分かかりました。次回、利根川経由の銚子行き是非実現したいと思いました。はぁ〜、楽しかった! 走行距離43キロ