日本の紅茶の歴史は日東紅茶です。1927年(昭和2年) に日本初の国産ブランド紅茶「三井紅茶」を発売し、後に日東紅茶に改称されます。発売の前年に当時は日本だった台湾に三井合名会社が「角板山製茶工場」を建設しました。 場所は台北の郊外で現在の桃園国際空港の近くです。最盛期は600万トンも生産して居て最高級品はイギリスにも輸出され高い評価を得て居たそうです。 戦後は大溪老茶廠(ダーシーラオチャチャン)と名を変え生産を続け現在の台湾のお茶文化の基礎造りに貢献しました。ありがたい事に台湾は日本統治時代の様々な建築物を残して大事に使ってくれて居て、この工場も残って居ます。 お茶の製造はほとんどが手作業ですが、効率よく製造する為に作られた工場は独特の美しさが有ります。 ただ、オリジナルの工場は1956年に火事でほぼ消失したものを2010年台湾農林有限公司が再建に着手し、外観はインドのダージリン茶工場をベースにして、内部は台湾と日本時代を融合したものとなって居ます。現在は一種のお茶の博物館で、歴史やお茶のビュッフェが楽しめる素敵な場所となって居ます。話し変わりますが台北のランドマークで有る101タワー の近くにも日本統治時代の専売公社の煙草工場が、このお茶の工場と同じ様な形で保存活用されて居て、とても素敵な場所でした。その工場で展示して居た日本統治時代の地図です。 話が、すっかり台湾になってしまいましたが、1895年から1945年まで台湾は紛れもなく日本だったんです。戦後教育を受けた我々は、殆どその事を知りませんが台湾の人は実に良く知って居ます。だから、来日して「どちらから?」と聞かれ台湾と答えると「あ、中国ですか」なんて言われると、とても悲しいそうです。暗記じゃない歴史の勉強はとても大切です。