なんで紅茶なの?

イギリスの紅茶文化ですが、なんで紅茶だろうと疑問に思ってました。ざっくり数字を見て見ると英国では紅茶を毎日1億杯飲んで居て、コーヒーは約7000万杯でした。まず、歴史を調べました。f:id:kaccinster:20240828180417j:image

1.ヨーロッパにお茶がもたらされたのは17世紀。海上貿易で世界に雄飛していたオランダによって、中国から伝えられました。それが18世紀のイギリス貴族社会で次第に人気を高めていった。f:id:kaccinster:20240828180435j:image

2.イギリスで最初にお茶が売られた1657年当時、それはまだ“万病に効く東洋の秘薬”としてでした。ところが、1662年にチャールズ2世のもとに嫁いできたポルトガルの王女キャサリンが、中国の茶と当時は貴重であった砂糖を大量に持参し、宮廷に喫茶の習慣をもたらしました。貴重なお茶に貴重な砂糖を入れて飲む習慣は次第にイギリスの貴族社会に広まりました。f:id:kaccinster:20240828180444j:image
4.17世紀後半から19世紀初頭までの1世紀余、イギリス東インド会社はお茶の輸入を独占(独占廃止は1813年)し、その取引の利益が大英帝国繁栄の基礎を築いたとさえいわれています。f:id:kaccinster:20240828180523j:image

3.その後イギリスは世界に先駆けて、産業革命を成功させると中産階級を中心に食生活にも大きな変化を生じ、紅茶はすっかり人々の生活の中に定着していきました。19世紀に入ってから、イギリスが植民地のインドやスリランカ(当時はセイロン)でお茶の栽培に成功すると19世紀末迄には中国紅茶をすっかり凌駕するようになりました。

歴史は、こんなでしたが、これから考察するに英国東インド会社が、何千年もの間栽培され、飲まれてきた極東の植民地からより多くのお茶を輸入し、価格が劇的に下がった事が、すべての英国人のお茶の習慣になったのでしょう。ぶちゃけて言うと安くなったから流行った、それが真相の様です。もう少し、この紅茶話を掘り下げたいと思います。

 

 

紅茶と戦争

 イギリスでは、お茶が日常生活に密接に織り込まれています f:id:kaccinster:20240827171030j:image  1946年、ジョージ・オーウェルはイブニング・スタンダード紙に「お茶はこの国の文明の柱の1つである」と書いて居ます。一説によると一日9回飲むとも言われています。調べてみると:
「アーリーモーニングティー」
朝、目覚めてベッドで飲む紅茶

「ブレックファストティー
朝食の時に飲む紅茶

イレブンジズティー
午前11時頃に飲む紅茶

「ランチティー
ランチの時に飲む紅茶

アフタヌーンティー
午後に飲む紅茶 f:id:kaccinster:20240827171103j:image

「ハイティー
夕食の時に飲む紅茶

「アフターディナーティー
夕食の後に飲む紅茶

「ナイトティー
就寝前に飲む紅茶などなど。

これでも8回です。これ見て懐かしく思い出したのですがネパールで朝起きるとシェルパがGood morning Sir.といってたっぷりのミルクティーとビスケットをテントの入り口まで持ってきてくれていました。これもイギリス人に躾けられたんでしょうね。確かにこれだけ、お茶を飲むとなると茶葉の消費量は膨大なものになるでしょう。これも調べてみると、19世紀の貿易決済は銀で行われていたのですが、イギリスはお茶を輸入し過ぎていた為、輸入先のシナに支払う銀が底をついてしまったのです。でも、そこは知恵と工夫の国ですから悪魔の三角貿易を考えついたのです。東インド会社は逆に中国から銀を引き出すために、イギリスの羊毛や綿織物をインドへ、インドのアヘンをシナへ、シナのお茶をイギリスへ、という三角です。f:id:kaccinster:20240827172225j:image で、何が起こったかですが、もともとシナはアヘンはポルトガル商人によって医薬品として輸入していて、その輸入量は年間約1000箱に過ぎないものでした。ところが三角貿易が始まる1830年ころから急激に輸入量が増大し、なんと2万箱。35年には3万箱、39年には4万箱へと激増しました。そして中国国内では逆に銀が流失し財政が窮乏するとともに、アヘンよって風紀の乱れなど社会が混乱してきました。そして、この混乱に追い打ちをかけるように、事件が多発する中、イギリスからアヘン戦争を仕掛けられ強制開国させられました。f:id:kaccinster:20240827172316j:image f:id:kaccinster:20240827172322j:image これを見ていた江戸幕府も日本も同じようになると恐れる中、米国と修好条約が交渉締結寸前の米国公使ハリスから早くアメリカと条約締結しましょう、調印してくれれば英国にも良しなに働きかけると持ち掛けられ天皇からの勅許待ちにも関わらず調印、なんとその数週間後に英国ともほぼ同じ修好条約をむすびました。英国人が斯くもたくさん紅茶飲まなかったら違った近代史になったでしょう。で、なんでこんなに紅茶を飲むようになったかはまた調べてアップします。

冒険家と大仏

昨日は朝鮮出兵の分捕り品について、ご紹介しましたが、この乗蓮寺には更にスゴイものが有りました。ひとつが昭和52年に建立された 東京大仏阿弥陀如来坐像)は、高さ13mの青銅製で重さが32t。青銅製の鋳造大仏としては、奈良(東大寺大仏/14.98m、台座別で250t)、鎌倉(高徳院大仏/11.39m、121t)、高岡大仏(15.85m、13t)、兵庫大仏(能福寺大仏/11m、60t)などと並ぶ巨大な大仏です。f:id:kaccinster:20240826102132j:image もうひとつが植村直己のお墓です。墓碑には草野新平の追悼詩が刻まれています。

   地球には 

   もう彼はゐない 

   けれども生きてゐる 

   修身に化けて 

   植村直己は   

   私たちの中に

   生きつゞける

f:id:kaccinster:20240826102738j:image やはり、彼がデナリで消息をたったのは悲しかったです。で、もっと悲しいのがこのお墓の存在を、訪問後スゴイお寺だったと知って事後に調べて知りました。改めて機会を捉え墓参しなければ。因みに彼はエベレスト登頂の前年(昭和44年)から、仲宿商店街近くのアパート(3畳1間)で暮らし始め、消息を絶つまで15年間、 板橋区で暮らしたそうです。このお寺には更に天保の飢饉の碑も有り歴史を感じました。f:id:kaccinster:20240826120800j:imagef:id:kaccinster:20240826103705j:image
f:id:kaccinster:20240826103700j:image そして、この寺は 徳川家康から10石の朱印地を寄進された浄土宗の寺です。f:id:kaccinster:20240826104055j:image 8代将軍・徳川吉宗は、鷹狩の際の「御小休・御膳場」に使っています。池にも沢山の鯉が泳いで居ました。f:id:kaccinster:20240826120949j:image とても綺麗で荘厳な場所でおすすめです。

 

朝鮮出兵の分捕り品

ほとんど知識が無いのですが、極めて数奇な運命をたどった藤堂高虎朝鮮出兵の際に持ち帰った石像が子孫である津藩主の家の江戸下屋敷に保管されたものが、板橋区の下赤塚に有る乗蓮寺に移設されている事を知り行って来ました。f:id:kaccinster:20240825225827j:image 下屋敷について書かれて古文書には次の記述が有りました。“ 其の尤奇なるは各種の石像なり。布袋、文珠、奪衣婆、不動地蔵、役小角、夷大黒、鐵拐仙人等の像あり。大なるは高さ一文丈二三尺、小なるも三四尺に下らず。” どんな石像なんだろうと想像が膨らみます。8体有る様です。 「天邪鬼(がまんの鬼)」の他、「鉄拐仙人」、「奪衣婆(婆々)」、「役行者(小角)」です。ひとつひとつ探してみました。四つはすぐ分かりました。奇っ怪なる奪衣婆です。f:id:kaccinster:20240825225940j:image 奪衣婆(だつえば)は、三途川(葬頭河)で亡者の衣服を剥ぎ取る老婆の鬼です。次ががまんの鬼です。f:id:kaccinster:20240825230014j:imageこれは別名、日本では天邪鬼です。仏教では人間の煩悩を表す象徴として、四天王や執金剛神に踏みつけられている悪鬼、また四天王の一である毘沙門天像の鎧の腹部にある鬼面とも称されます。鬼の次は文殊菩薩です。f:id:kaccinster:20240825230214j:image 大乗仏教で崇拝される知恵を司る仏です。最後が役小角(えんのおずぬ)です。f:id:kaccinster:20240825230834j:image 飛鳥時代の呪術者だと思いますが、これが朝鮮に有ったのか、やや疑問ですが、伝奇小説に出てきてミステリアスです。これら石像を置いて居る、乗蓮寺も一見の価値有りです。f:id:kaccinster:20240825233228j:image 石像以外にも沢山の刺激を頂きました。ここ2年近郊野間寺社仏閣見ていますが、ここ凄かったです。

 

昭和フレーバー

家の中を整理してたら、こんな物が出て来て思わず手が止まってしまいました。f:id:kaccinster:20240822064731j:image 最近の若者ならサントリーは膝痛や体調管理のサプリ、或いは清涼飲料水の会社だと思うかもしれませんが、昭和では圧倒的にこれでした。大人ぶりたくて酒、煙草に興味持ち始める頃、登竜門は灰皿とこれでした。f:id:kaccinster:20240822065213j:image そして、社会人になって酒席に付き合わせられると、何処に行っても出て来るのはコレでした。f:id:kaccinster:20240822065947j:image そして、いつの頃かこれらを見なくなりました。サントリーもCMでアルコール関連は影をひそめ、良く目にするのはいつまでも元気で居て欲しいを大義名分に健康維持恫喝型サプリ販売ばかりです。う〜ん、昭和は遠くなりにけりです。

ローソン キャンプ

最近はコンビニでもキャンプアイテムを扱い出した様です。そんな中、Xの書き込みでターボライター(風防トーチとか色んな名称有り)をローソンで売り出したと有りました。風に強いので前から欲しかったのですが、有名なSotoなどはコストパフォーマンスが悪くて買う気になりませんでした。ローソンのは税込550円です。チャンス有れば買おうと思いましたが。きっと品薄手に入りにくいんだろうと思って居ました。そんな中、新松戸駅近くのローソンに立ち寄るとジャジャーン!有りました。早速購入です。f:id:kaccinster:20240822060144j:image 各色置いて有ったのですが、バックパックの中で目立ちやすいイエローにしました。f:id:kaccinster:20240822060322j:image 家に帰り調べてみると東京パイプの製品で2022年のグッドデザイン賞受賞商品でした。使う時は火口を回転させます。f:id:kaccinster:20240822062356j:imagef:id:kaccinster:20240822062403j:image ここ1ヶ月使って居ますが使い心地イイです。ガスも再充填出来ますがCB缶では無くライター用ガスです。仕様はこんな感じです。f:id:kaccinster:20240822062717j:image その後、YouTube見ていると、これと違って火口がスライドして伸びるモデル何出ていました。f:id:kaccinster:20240822062921j:image しかしながら、東京パイプのHP見ても、このモデルは出て来ません。何故かわかりませんが、また、ローソンのお店巡りして探す楽しみが増えました。

江戸博 come back to me!

名画シェーンのラストシーンのジョーイ少年の様に叫びたいところです。インスタでこんな書き込みを見つけました。f:id:kaccinster:20240822202513j:image え、江戸博は25年まで休館じゃなかったけ? サイトに行ってみるとE/Jボタンが有るのでJをクリックしてみました。f:id:kaccinster:20240822004417j:image ありゃ、東京都の事業でイベントをする様です。やはり開館までのつなぎの様です。面白そうなので行って来ました。会場は錦糸町駅からほど近いOlinasです。ここは、1893年(明治26年)から1997年(平成9年)までこの地にあった、時計メーカー精工舎の工場跡地の事業として、開発され、2006年オープンで専門店の入る「オリナスモール」、「オリナスコア」、「オリナスタワー」、「ブリリアタワー東京」の、4棟で形成される超大型商業施設です。会場のエントリーコートに到着、オープンなスペースなので、見物客と買い物客とはっきりしませんが沢山の人出でした。まず、目についたのが屋台でした。f:id:kaccinster:20240822010409j:image これは江戸時代の物を実物大に再現して居て実際の展示に触れました。寿司の屋台です。f:id:kaccinster:20240822010625j:image 現代のおでん屋の屋台の雰囲気でしたが、食品サンプルで江戸時代/現代と両方展示して居ましたが、江戸時代の寿司1貫は現代の倍で、とても大きかったです。蕎麦屋台です。f:id:kaccinster:20240822202541j:image これも似た様なサイズ感ですが、真ん中2人が入って担ぐスタイルでした。こんな小さい中に火鉢の様なコンロや皿が組み込まれて居てビックリでした。次に目立っていたのがジャンボトントン相撲です。f:id:kaccinster:20240822011804j:image 流石にトントンでは動かず両手でバンバン叩いてやってみましたが、負けてしまいました。あとは、江戸時代の玩具展示です。f:id:kaccinster:20240822012059j:image これは、小さいお子さん何群がっていて近づけません。もう一つがデジタル展示です。f:id:kaccinster:20240822012233j:image これは、ひっそりとした展示だったのでじっくり見る事が出来ました。思っていたより狭いスペースでの展示でしたが、スタッフもフレンドリーで質問にもすぐ答えてくれ、大変楽しむ事が出来ました。来年の江戸博再開が待ち遠しいです。